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明るく生くる

自身の日々の様子、杖言葉など。老後が明るい訳がない・・というけれど、にもかかわらず笑う、明るく生くる 時には後ろを振り返って でも前向きに


by wakosaitama
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メイドイン数学

「冥土の旅はなぜ四十九日なのか ~数学者が読み解く仏教世界~」
(著者:柳谷 晃、青春出版社)
読み終わって かなり経っていますが本の感想と紹介です
少し長文ですので ご興味のない場合は読みとばしてください
と前置きして

結論から言うと わかりやすく 面白いな と思いました
その面白さをどこまで表現できるかわかりませんが・・・

新書版の本です 文学ではありませんから あくまで
仏教 特にお経の中に出てくる数字 距離 時間など
それらを数学的に説明できるか という視点でとらえています
著者は 数学をわかりやすく教えることで定評があり
日本の伝統芸能や宗教にも精通する異色の数学研究者だそうです


「仏教というとどうも精神的な教えを説くもののように思われています。
確かにそういう面もあります。しかし、もともとは昔の人の豊かな
想像力と鋭い自然観察の塊のような教えです。
お釈迦様は数学の専門家ではないかという気がするほど、お経の中には
たくさんの数字が出てきますし、高度な数学的発想がみられます。
現代の科学が使うような遠い距離を考えたりしています。」
(「はじめに」より)

例えば 阿弥陀如来の住んでいる極楽浄土は「十万億土」という彼方ですが
この距離を計算するには

まず仏教の宇宙観

  最初に 小世界 があり
  それが1000個集まり小千世界
  それが1000個集まり中千世界
  それが1000個集まり大千世界となるそうです
  式にすると 1,000×1,000×1,000=10億

  このように 小世界10億個が 一仏土
  一仏土は 一人の如来さまの守備範囲
  お釈迦さまも阿弥陀様もこんな広さを守備範囲にしているそうです

著者の計算では

  小世界を太陽系の広さと仮定し
  また太陽系の半径は 冥王星くらいまでと仮定
  太陽と冥王星の距離の 0.0006光年を 2倍して約0.001光年とします
  10億倍して100万光年となります(=一仏土の距離)

西方浄土は十万億仏土の彼方ですから
100万光年に10万億を掛けると 千京光年(10の19乗光年)

これが著者の解釈による極楽浄土までの距離となるそうです

といったことが
数学が苦手なわたしには?????ですが
本書を読んでいる間だけは一応!!!!!と 目からウロコというか
仏教の世界観はたしかに壮大だ!と納得でした
まだまだスペースシャトルや日本の最新型ロケットでも行ける場所では
なさそうだ ということはわかりました
「体」があっては行けない世界かな 心だけになれば行けるのかな?
心も やっぱり きれいな心でなければいけないのかな
阿弥陀様は迎えにきてくれるそうでもありますが
科学技術がどれほど発達しても 本当に到達できる場所
なのか 想像がつきません


数学好きの方が読めば 面白さは倍増 かもしれません
以上のように内容を一つ一つ書いて行くと丸ごと一冊書くことに
なってしまいますので 以後は興味の沸いたポイントのみ

・仏暦やユリウス暦の話
  光年を計算するときはユリウス暦を用いるそうで
  1光年を距離で表すと 9.46×(10の12乗)Km

・ゴールデンプロポーションという 綺麗に見える体や形が持っている
  特別な比率(黄金比、嫌いな人のいない比率)があること
  (ウェストの幅を1とすると肩幅は1.6)

・仏教は二進法に対応していること
  人間というのは何かの構造を最初に理解しようとするとき二分割を使おうとします
  上下 左右 買う買わない など 二者択一を考えるときの基本です
  それが 二進法に対応する 二進法は考えることの基本なのだそうです

・人間が一瞬何かを見たときに数がいくつあるかを認識する限界が「五」
  自然の中の記憶に関係しているかもしれない「五」

ところで タイトルにある 冥土の旅はなぜ四十九日なのかについては
是非手にとって読んでみてくださいませ <(_ _)>
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Commented by 月のひかり at 2009-12-01 15:30 x
こんにちは!コラム楽しく読ませていただきました!

極楽浄土の想像がつかない、わたしたち人間の為に
お釈迦様が、あえて数字で示して下さっているのだと
お聞きした事があります。

人智を超えた「おおきさ」を感じさせられますね!

それにしても、数学者の方が書いておられるとは
珍しく興味深いものですね~。しみじみ。

仏教にも、いろいろある中で

きれいな心ではいられない、
罪を作りながら生かされることしかできない、わたしが
阿弥陀様におまかせして、阿弥陀様の力で往生浄土
させていただく、、、

お念仏をいただいたその瞬間
この土で(体があろうとも)、お浄土行きが定まる、、

これは浄土真宗の教えで、条件によって分け隔てされることなく
すべての者が救われてゆく道が開かれています。

、、、つい熱くなって、難しい話になりました。。。汗。
わたし自身、読みながらいろいろ考えさせられました!
ありがとうございました!!
Commented by wakosaitama at 2009-12-02 22:02
月のひかりさん こんにちは♪
読んでいただきまして恐縮です もっと長文だったのですが 削った末 やっとこの長文にとどめました(ーー);
タイトルでひっかかる人がいるかな と思って カタカナで メイドっぽくしてみました(笑)

>お釈迦様が、あえて数字で示して下さっているのだと
>お聞きした事があります。

そうなんですね!

>きれいな心ではいられない、
>罪を作りながら生かされることしかできない、わたしが
>阿弥陀様におまかせして、阿弥陀様の力で往生浄土
>させていただく、、、

他の生き物のいのちをいただくということを避けられない 自力よりも他力ということが救われる道という教え 民衆に受け入れられ易い教えですね

「南無阿弥陀仏」(柳 宗悦 著)という本では 法然(僧)から親鸞(非僧)そして一遍(聖(ひじり))へと変化していった様子を勉強させていただきました

月のひかりさんが紹介していらっしゃった「愚の力」も本屋さんで見かけ 読んでみようかな と思っています

返信も長文になりました この辺で失礼いたします
今年もあと一ヶ月を切りました お元気でお過ごしくださいませ
by wakosaitama | 2009-11-29 19:10 | Comments(2)