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中山千夏さんありがとう

足指の骨折は だいぶ良くなってきました
あまり外出もできず 気持ちもヘコんでいていたのですが
なにせ 骨折は初体験ですので 治るまで長い期間がかかると思っていました
が 松葉づえをどうやら手放せるようになってきました

その間 家にいて 買って未読の本のうち 2冊を読むことができました

2冊とも中山千夏さんの著書

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海中散歩でひろったリボン―ボニン島と益田一 単行本 – 2008/2/1刊行
スクーバ・ダイビング入門―海に潜った! 単行本 – 1995/5 刊行

8年遅れと13年遅れで読んだ 汗(^^;

中山千夏さんといえば
私的には子供の頃に観たテレビ人形劇「ひょっこりひょうたん島」の印象が
一番強く残っています

気持ちがヘコんでいたためか 2冊の本を読んで
若い頃は いかに 物を知らなかったか という思いが強くなりました
記憶というのはあいまいなもの
物書きというのは あいまいな記憶を書き留めておき
それをさらに明瞭な言葉にして再現・表現するという
こうも才能のある人なのか と 改めて感じました
でも 私の頭の中のジグゾーパズルを埋めてくれるピースが たくさんありました
つまり 私の知りたかったことが載っていたり 知識の欠落をも補ってくれました

当然ですが 私のジグゾーパズルのピースではないものもありました
つまり 私には縁のなかった部分
でも それらは 狭かった私の世界を少し拡げてくれました

ほかにも いろいろ思うことはあるのですが
多くは書かず ここまでにとどめておきます

中山千夏さん ありがとう




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by wakosaitama | 2016-10-11 10:44 | 海・生物 | Comments(1)

引用ですが


「ゾウの時間ネズミの時間ーサイズの生物学ー」(本川達雄著、中公新書)

を読みました
もっと早く 10年前に読んでおけばよかったと 後悔のような思いを感じます
海の仕事から離れて久しく 海の関係の本も 生物関係の本も 
全然読んでいませんでした
この本を読んで 今まで頭の中でもやもやしていた いくつもの 疑問が 
氷解というか 眼からうろこが落ちるようなという感じがしました

仕事勤めをしながらでは 本を読む時間もなかなかとれず 
しかたなかったとも思いますが
また 海や生物のことも 昔ではわからなかったことが 
時代が経つにつれてわかってきたということもあるでしょう

とても面白く読ませていただきました

あとがきから少し引用して 一応 まとめ としたいと思います

「本書を執筆の途中で、沖縄から東京に引っ越した。人の歩く速度が違う。しゃべる速さが違う。物理的時間にきつく縛られた都会人の時間が、はたしてヒト本来の時間なのかと、疑問に感じてしまう。
 沖縄からの飛行機が近づいていくと、東京方面に灰色のかたまりが浮いて見える。これに突入すると、そこが羽田だ。タラップを降りて見上げる空は、えもいえず、もやーっとしている。たしかに東京にいは空がない。空を見上げる気にもなれない。空を見ていた目が行き場所を失い、自分の頭の中を見つめはじめる。
 生き生きとした自然に接していないと、人間はどうもすぐに頭の中を見つめはじめ、そして抽象的になっていくもののようだ。抽象的になりはじめると、とめどなく思考のサイズは大きくなり、頭でっかちになっていく。
 都会人のやっていることは、はたしてヒト本来のサイズに見合ったものだろうか? 体のサイズは昔とそう変わらないのに、思考のサイズばかり急激に大きくなっていく、それが今の都会人ではないだろうか。体をおきざりにして、頭だけどんどん先に進んでしまったことが、現在の人類の不幸の最大の原因だと私は思っている。」
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by wakosaitama | 2015-02-11 08:12 | 海・生物 | Comments(0)

「赤毛のアン」を読み終えて

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いまさら 英語の勉強をしても しょうがないかもしれませんが
英単語を聞き流すCDをしばらく試していました

少し欲が出てきて 物語の朗読CDはどうかなと思い 見つけたのが
 「Anne of Green Gables」(Focus on the Family社刊)
朗読ではなくて ラジオシアターです
結果 場面や情景やあらすじは分かるものの 知らない単語は聞きとれません
まあ 聞き流すのが目的なので ふとんに入って眠り薬代わりに聞いているようなところです

で また少し欲が出て せめて 日本語の本で内容を読もうと思い
近所の図書館で「赤毛のアン」を借りて読み終わりました

CDのほうは まだ 3枚セットのま2枚目までしか聞いていません
わたしが借りたのは せっかくなので村岡花子さんの訳のもの
NHKの朝ドラで「花子とアン」をやっていた その余波だと思いますが
ほかの訳者の版のものも含めて図書館では ほとんど貸し出し中という表示になっていました

アンのおしゃべりな様子がこの「赤毛のアン」の物語に引き込まれる第一番の
魅力に違いないと思いますが・・・
下手な感想を述べるのもどうかと思いますので 物語の最後のほうの一部を
書き留めておくだけにします  


(マリラ) マリラは夢を見ているような顔をして聞いていたが、
「そんなことはできないよ、アン。わたしのためにあんたを犠牲にするなんて」

(アン)「とんでもない。ちっとも犠牲じゃないことよ。いままでどおり勉強はつづけていくし、
とにかくこの大事なグリン・ゲイブルズを守っていきましょうよ。ああ、いろいろなことを
計画しているのよ、マリラ。いい先生になろうと思っているの。あたしがクイーンを出てくる
ときには、自分の未来はまっすぐにのびた道のように思えたのよ。いつもさきまで、ずっと
見とおせる気がしたの。ところがいま曲り角にきたのよ。曲り角をまがったさきになにが
あるのかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの。それに
はまた、それのすてきによいところがあると思うわ。その道がどんなふうにのびているか
わからないけれど、どんな光と影があるのか-----どんな景色がひろがっているのか-----
どんな新しい美しさや曲り角や、丘や谷が、そのさきにあるのか、それはわからないの」
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by wakosaitama | 2014-11-30 13:42 | こんなん買ってみた | Comments(0)

英語のお勉強?

たいへん久々~の更新です 暑い季節になりました(^ ^;汗

だいぶ前の読書の中で見つけた言葉

やっぱり 書き留めておこうと思います

Yesterday is History.
Tomorrow is a Mystery.
Today is a Gift.
That’s why it is called PRESENT.

(日本語訳)
昨日は終わったこと。
明日のことなんかわからない。
今日という日は贈り物。
いまがプレゼントといわれるのは、それが理由---。
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by wakosaitama | 2014-06-02 09:13 | Comments(0)

やっと半分

大学の時に興味があった 心理学
でも 違う方向へ進んで
でもって すごーく間があって また出会うことになり
河合隼雄さんの著作集を読むことにしてから
2年くらい経ちました
やっと14巻目の260ページ目を過ぎたところ
まだ真ん中です
どうして 真ん中かというと
道を行かんとせば 九十九里をもって 半ばとせよ
っていうでしょ(^ ^;

あと一里(40ページ))を チョーシに乗らず
読みすすめたいと 思います

全部読み切ったからといって 心理学をマスター
できるわけではないけれど さまざまなヒントが
たくさん
あった と思います


河合隼雄著作集(全14巻)

I 心理療法とユング心理学入門
 第1巻 ユング心理学入門
       (ユング心理学入門、ユングの生涯)
 第2巻 ユング心理学の展開
       (影の現象学、イメージの心理学)
 第3巻 心理療法
       (心理療法序説、箱庭療法、他)
II 子ども・ファンタジー・昔話
 第4巻 児童文学の世界
       (子どもの本を読む、ファンタジーを読む)
 第5巻 昔話の世界
       (昔話の深層、夢と昔話、他)
 第6巻 子どもの宇宙
       (子どもの宇宙、「うさぎ穴」の意味するもの、他)
 第7巻 子どもと教育
       (子どもと学校、子どもの「時間」体験、他)
III 日本人と日本社会
 第8巻 日本人の心
       (昔話と日本人の心、日本人の美意識、他)
 第9巻 仏教と夢
       (明恵 夢を生きる、いま宗教とは、他)
 第10巻 日本社会とジェンダー
       (とりかえばや、男と女、他)
IV 宗教と科学
 第11巻 宗教と科学
       (宗教と科学の接点、無意識の科学、他)
 第12巻 物語と科学
       (物語と人間の科学、臨床心理学の将来、他)
V 人間のライフ・サイクル
 第13巻 生きることと死ぬこと
       (生と死の接点、老賢者と老愚者、他)
 第14巻 流動する家族関係
       (家族関係を考える、家族の気象学、他)


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by wakosaitama | 2012-05-03 20:03 | こころ | Comments(0)

イチロー語録より

「空振りだとか三振だとかに一喜一憂はしないということが大事です。

そこで、打てない、もうダメだと思ってしまったら、

次の打席には立てないですよ。

たとえ、3打席、4打席ダメであろうと

「次」につなげる打席にしなければ、打ちとられてしまうでしょう。」

・・・だって。


うん そうだね!
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by wakosaitama | 2011-01-22 14:18 | Comments(0)

ピーナッツ

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「落ちこぼれバンザイ-スヌーピーたちに学ぶ知恵」:
河合隼雄+谷川俊太郎

上の写真は とあるサイトから引っ張ってきました~(^ ^ ;

マンガ「ピーナッツ」を取り上げたこの本は 2004年に刊行(その後
改題されて刊行)されたものですが アメリカと日本を比較した話が
載っていました

『 先日、私の知人であるアメリカ人の心理学者が、興味深いことを
言っていました。
「アメリカ人は日本人よりも抑うつ症になる人が多いのではないか」
 詳しい統計をとったわけではないので、実際のところはわかりませ
んが、十分にうなずける指摘だと思います。なぜなら、谷川さんとの
対談でもふれているように、アメリカの社会では、明るく、元気で、
楽しくないと、誰からも相手にされないからです。

 もちろん、人間ですから、いつもそんなふうにしていられるわけ
がありません。
そこで、外では明るく元気に楽しく頑張っても、家に帰ったとたん、
ガクンと落ちこんでしまう人もいます。そういうことを繰り返して
いるうちに、やがて抑うつ症になってしまうというわけです。

 日本人は、ソーシャルな場面では、「あきまへんわ」とか、
「もう死にそうですわ」とか、けっこう平気で弱音を吐いて、また、
それが相手に対する謙遜の表現になっていたりします。これがやれる
から、日本人はあまり抑うつにならないのではないか、というのが、
そのアメリカ人学者の指摘です。

 私にも実感がありますが、アメリカの社会人は、公の場ではみず
からの悲しみを口にしません。きびしい競争の社会ですから、そう
いう話をしたら、弱みを見せたことになり、そこで負けなのです。
和気あいあいとした日本人から見ると、ちょっとかわいそうな気も
しますが、それがアメリカ社会の現実なのです。そして、公の場で
は出すことのできない、恨み、つらみを、カウンセラーにぶつける。
そこでなら、言いたい放題に言える。だから、アメリカではカウン
セラーの数がとても多いわけです。

 カウンセラーの前では、泣いたり、わめいたり、怒ったりして
いるけれども、翌日、社会に出ていくときには、明るく、元気に、
楽しくあらねばならない。それほど悲しみということが公の場では
表現しにくい社会なのです。

 とにかく、社会ではそれほど体面を保って生きていかなければ
ならないわけですから、彼らの内部に、恒常的にストレスやフラ
ストレーションが蓄積しているのは当然でしょう。きっちりやって
いる分、よけいに腹立たしいことがいっぱいあるはずです。
それをカウンセラーのところに言いにくるわけです。

 私の友人のアメリカの分析家のところにもっとも多く相談にく
るのは医者で、次が宗教家だそうです。ふだんの仕事の上では、
むしろ、人を救っている人たちです。その彼らがくよくよしてい
たのでは、とても信頼されません。ふつうの人よりよけいに毅然
としていなければならないので、精神的な疲れも倍加します。
それでも、日本人のように、会社帰りに仲間と一杯やりながら
ホンネをぶつけあうということができません。
そういうことをやったら、人格が低い人間と見られてしまうから
です。アメリカで家庭内暴力がとても多いのもそういう背景があ
るからです。

 ところで、「ピーナッツ」に登場するのは子どもたちばかりで
すが、子どもは自由ですから、大人では許されないような弱音や
悲しみの表現も、ごく自然に行います。そういう部分がこのマンガ
にはきわめて明確に表現されているので、それに共鳴することに
より、自分自身の内部に居座る抑うつ状態を中和させているわけ
です。そういう役割も、「ピーナッツ」は果たしているのです。

 また、私たちはこのようなマンガを通して、アメリカの競争
社会のきびしい現実を読みとることもできます。 』

この本が刊行されてから5年以上経っている現在
日本の欧米化(国際化?)は明らかに進んで
アメリカ人に言えることが 日本人にも かなりの程度
あてはまるようになったと感じるのは自分だけではない気が
します
「助けて」と言えない30代の人たちが増えてきているとい
うことも それを示しているのかもしれません・・・

自分はどうかというと あきまへんわ というタイプのよう
な気がします(^ ^;
まだ ある程度 弱音を吐ける環境にいるということかな?
会社・組織によっても ずいぶん状況は違うのでしょう
楽天は 社内での会話を全て英語で行うことにしたそうですが
それが良いことなのかどうかはさておき

上に引用したことに何か論評できるわけでもないのですが

またも 引用すると

『 簡単に結論を言ってしまえば、われわれはどうしようも
なく日本的に生きているのであるが、それと異なる生き方や
考え方にも開かれた人間をつくるように教育を考えてゆかね
ばならないということである。それには日本的なものを一方
的に否定するのではなく、日本的なものをも残しつつ、新し
い生き方を見出すように努めねばならない。 』
 「河合隼雄著作集 7 子どもと教育」

という気がします
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by wakosaitama | 2010-08-07 18:33 | こころ | Comments(0)

アマゾンはブラジルですよね

遅ぉいレポです
土曜日は ときどき用事で 神田須田町へ 行くことがあります
とあるところで 喫茶店情報を入手しましたので
用が済んだ帰りに 神保町へ回り 寄ってみました
神保町までの道は もちろん古書店が多く スキーやスノボ用品店も多く 賑やかです
須田町から神保町まで それほどの距離ではありませんが
休憩場所があると 助かります
おもて通りしか知りませんでしたが 道を一本入ると けっこう 喫茶店が多いのですね
でも どのお店がよさそうか 入ってみないと わからないです
それでもって 入手した喫茶店情報を活用させていただきました

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1件目は 昨年入ったお店 さぼうる
入ろうとしたら 自動ドアかと思いましたが
お店の人が
開けてくれたのでした
入り口から想像するよりも
中は結構ひろく
少し灯りを抑え目にしていて
落ち着きます
ほ~っと一息
有名人も立ち寄るお店らしい









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次は 今年に ミロンガヌオーバ
リズム感の良い タンゴミュージックが流れているお店です
こちらの方は やや年齢の高い人が多いかな
ここでも ほっと一息できました


ゆうっくりと本を読むほどの時間はありませんでしたが
また来る時の 寄り場所が見つかって良かったです







ところで 神保町では 何も買わなかったのですが アマゾンで
お正月に本を購入しました 注文し翌日着 配達が早いですね
何の本かというと
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たまには 自分の仕事とは違う世界のことを知るのも良い と思って読んでみましたところ とても読みやすく 配慮されている内容でした
貿易 輸入食品に強く依存している日本で 通関という仕事があること
身近なものとしての輸入食品に 興味を持つきっかけになりました
人間は 知らないことを新たにインプットすると(勉強に限らず)
それが 見えるようになってくると思いますが
何が見えてくるか楽しみです
また
生まれて初めてネットで買い物をした記念品でもあります!

括弧 今どき ネットで購入 あたりまえですね(- -; 括弧閉じる

で ブラジルがどうしたの?
ご訪問下さりオブリガッド(=ブラジルポルトガル語で「ありがとう」)
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by wakosaitama | 2010-01-22 20:27 | Comments(4)

数と心(その2)

「心の起源(生物学からの挑戦)」
(木下清一郎著 中公新書 2002年)
の一節です 

数の世界を思う

「ここで唐突なようであるが、まったく別の世界の体系が思い浮かぶ。
それは数の世界である。
数には実数から虚数までさまざまのものがある。
これほど多様な様相を示す数が目の前にありながら、
それがあまりにも当たり前すぎたからであろうか、
意外なことに「数」とはそもそも何であるかは、久しく
考えてみようとされずにきた。
それが考えられはじめられたのはごく最近になってからのことで、
数学基礎論によって一つの数体系として統一され、
そこでやっとそれぞれ固有の存在として確立されていくのである。
心の体系を考える上で、この経緯は一つの啓示であるように
思われる。というのは、心もまたさまざまのあらわれ方をみせて
はいるものの、心とはそもそも何であるのかと問うと、それには
答えられないからである。
 考えてみれば、数というものは心に似ていなくもない。
どちらもあるといえばあるようであり、ないといえばないとも
いえる。また、数も心も何となくわかっているようでいて、
いざ何かと問われるとなかなか答えられない。
 それに数を数字に書くことはできても、「数」そのものを
手にとることができないのは、ちょうど、心の動きはとらえられても、
「心」そのものをとり出せないのに似ている。
 数の世界では事情はつぎのようになっている。数が何であるかが
わからないうちに、その取り扱い、つまり演算の方が先に進歩して
しまい、数学基礎論が「数とは何か」を求めて、後から追いかける
ことになったというのである。こういう様子も、これまであまり
深く考えもせずに心を好きなだけはたらかせておいて、いまごろに
なって「心とは何か」などとたずね歩いている心の世界のなりゆきと
そっくりである。

以上引用だけでした<(_ _)>
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by wakosaitama | 2010-01-13 19:59 | こころ | Comments(4)

数と心(その1)

子供の頃に観た 犬とかイルカが主人公のテレビ番組で
影響を受けたのでしょう
学生時代から興味のあったことは 生物 例えば動物と人間って心が通じる
のかな どんな生物にも 心って あるのかな
心っていったい何だろう といったこと
そんなに勉強できたわけではないですが 興味はあったのでして

でも心って 自然科学の側からだけでなく 人文科学の側からと
両方からアプローチしないと まだまだわからないことだらけ
総合科学部とか 総合科学って付く大学等も最近は増えましたね
脳科学の分野の研究も進んでいるようですが

光が丘図書館で 数ヶ月前ですが
「心の起源(生物学からの挑戦)」という本
(木下清一郎著 中公新書 2002年)
を読んで なかなか面白かったので
概要の紹介です

「心はどのようにして誕生したのか。
この難問を解くキーワードは「記憶」。
記憶を持つことで過去と現在の照合が可能となり、
それまで瞬間のみを生きてきた生物が時間と空間を獲得した、
と著者は仮説を立てる。
さらには快・不快という原初の感情が芽生え、物事の因果関係を
把握することで、本能によらず自らの意志で行動する自由を
得た。
これまで人文科学の領域とされてきた「心」に、生物学の観点から
アプローチを試みる。」

物質の世界に どのようにして生物の世界が生まれ
生物の世界にどのようにして 心の世界が生まれてきたか
を考えそれぞれの関係が論じられています

中でも 「数」と「心」とが似ていることが 印象に残りましたので
その一節を その2で紹介したいと思います
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by wakosaitama | 2010-01-10 20:38 | こころ | Comments(0)